月を待ちわびて・・ -カツノブログ-

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zoom RSS 13日の金曜日の二十六夜

<<   作成日時 : 2007/04/13 21:04   >>

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英語圏の多くとドイツ、フランスなどで不吉な日であると信じられている「13日の金曜日」は、現行のグレゴリオ暦では、1年に一回はある様で、“13日”が金曜日になる確立は、他の曜日よりも高いのだそうです。

「イエス・キリストが磔刑につけられたのが、13日の金曜日だったので、キリスト教徒は忌むべき日であると考えている。」という俗説がある様ですが、その由来について知ったのは、昨年「ダ・ヴィンチ・コード」を観てからでした。

1307年10月13日(金曜日)に、フランス王フィリップ4世(Philipe IV, 1268年 - 1314年11月29日)は、フランス全土でテンプル騎士団の逮捕を命じ、団員を一斉に粛清した。ここにフランス国内のテンプル騎士団は消滅しました。

聖地奪還のための十字軍によって確保されたエルサレムへ巡礼に向かう人々を保護するために設立されたテンプル騎士団は、次第に汎ヨーロッパ的な存在となり、独自の金融システムを発達させ、国際銀行の元祖ともいうべき役割を果たしていたとのことです。

整った顔立ちのため「端麗王」(le Bel、ル・ベル)と称されたフィリップ4世は、中央集権を目指す王権を阻害するほど強大化したテンプル騎士団の解体をしたのでしたが、彼の本当の目的は、騎士団の資産とその金融システムの獲得だった様です。

ローマ教皇と激しく対立し、教皇を捕らえ、教皇庁を南仏のアヴィニョンに移し(教皇のアヴィニョン捕囚)、傀儡の教皇クレメンス5世に圧力をかけ、でっち上げの罪状で、拷問による異端審問を行った後、1314年に総長ジャック・ド・モレーら騎士団の最高幹部を異端として火刑にしました。

火刑に処された際、ジャック・ド・モレーは、フィリップ4世と教皇クレメンス5世に呪いの言葉を発したといわれ、同年中にフィリップ4世もクレメンス5世も急逝して、テンプル騎士団の呪いが信じられ、現代に至るまで、不吉な日とされています。アメリカのホラー映画のタイトルにもなりましたね。

さて、現代にまで受け継がれている事柄がキリスト教に関連したことから始まる例は、たくさんあるのでしょうが、キリスト教自体の儀礼や行事には異教のしるしが隠されていることは、「ダ・ヴィンチ・コード」のラングドン教授が教えてくれました。

そして、キリスト以前の太陰暦での行事が、キリスト教の中の記念日にも受け継がれています。
例えば、磔刑で死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念する「復活祭 Easter」は、年によって日付が変わる移動祝日で、つまり〈 ○○月××日 〉と固定されてはいません。基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるためで、太陰暦で決定されたユダヤ教の「過越しの祭り」の影響だとされます。

また、復活祭を表す英語「Easter」は、ドイツ語「Ostern」から来ていると思われ、やはり 太陰暦を使ったゲルマンの月名(4月)に由来しているといわれます。
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